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それからの日、忍は変わった。仏頂面だった表情も態度も一変した。
毎日の夕食時、忍はよく話すようになった。
笑顔で、まるで今までもそんな人物だったかのように。
理沙子も最初は戸惑っていたが、忍が心を開いてくれたのだと、そう思っていた。
それに俺に対して怯えていた態度も消えうせていて、今は普通に話しかけてくる。
だけど俺には忍の笑顔が笑っているように見えない。笑顔でいればたいていの事は流せると思っているような感じで、笑顔を見せても心の中は一切見せない。
感情のない話をする忍に俺は困惑することしかできなかった。
「今日は姉さんは遅いんですか?」
「あぁ、残業があるらしくてな。」
何度か、忍と食事をすることがあった。俺と2人でも会話はしてくれる。
食事中も会話はする。だけど俺にはそれが気持ち悪くて仕方がない。
表面上でしか関わろうとしない忍に、胸が苦しくなる。自分の気持ちを恥ずかしげもなく猪突猛進してきた忍と同じ人物だとは思えない。笑顔を作り使命感のように話し続けるこいつを見て、まるで操り人形のように思えてきた。
まるで誰かに操られてるように、自分を見せないように。そんな忍を見ているのが辛くて、同時に自分にも忍にも怒りがわいてくる。
「忍、お前はどうして笑っていられるんだ?」
「え?」
俺は小さく呟いていた。
「なんで俺といて笑顔になれんだよ?お前だって気がついてるんじゃないのか。お前の記憶が俺の所為で思い出せないことも。なんで俺を責めない?どうして、こないだのときのまま俺を拒絶しない!?・・・忍はどこへいってしまったんだよ・・・」
怒鳴ってしまった。今の忍がこうなったのは俺の所為なのに。
本当は忍に俺を責めてほしかった。
俺の所為だと、ずっと拒絶されていたほうが気が楽だった。
俺の勝手な我が侭だってことはわかっている。
だけど、今の忍を見ているのは辛い。
「今の忍を見ているとおかしくなりそうだ・・・」
忍が俺を拒絶しないなら、俺からしてやる。
「俺は・・・いつだって、なんで記憶を失ったんだろうって、考えてる・・・」
黙って俺の言葉を聞いていた忍だったが、今度は話し出した。
「急に知らない人たちが目の前に現れて家族だって言われて、こんな制限された生活をさせられて・・・俺だってずっと嫌だった。それに初めてお義兄さんに会った時怖かった。体も心も震えて、逃げたかった。だけど出来なかった。逃げれたらどんなに楽だろうって思った。だけど拒絶できなかった。あんたの声を聞いて心が締め付けられそうになっても逃げる事はできなかった。俺の奥底に眠る思いがそうさせるのかわからないけど、苦しくても逃げられない。・・・思い出そうともした、だけどそれをすると心が悲鳴をあげて苦しくなるんだ。壊れてしまいそうで・・・。それで気がついた。思い出さないほうが、このままの方が楽だって。出口のない迷路のように、抜け出すことの出来ない人を惑わせ狂わす樹海のようにずっと彷徨っていられればいい。そう思った。」
笑顔の消えた忍は、無表情にそう言った。
初めて見せてくれた心の内。
それは悲しく、自分をなくしたままでいいと言った忍に自然に涙がでてきた。忍が帰った後も俺は動くこともできなかった。
俺は本当に忍の心を壊してしまったのではないか。
あんな考えをするほどまでに忍を追い詰めていたのではないかと今更に後悔する。
記憶を失って、俺の事を忘れて忍には良かったことなんではないかと、考えていた自分の軽率さに嫌気がさす。
そのことで悩み、俺のことでまた苦しんでいるのに何もしてやれない・・・。
俺は、何日か忍に会おうとしなかった。俺はなにもしてやれない悔しさから逃げたんだ。
だけどその悔しさは募るばかり。離れれば離れるほど忍の事を考えてしまう。
後悔して後悔して、俺は一つの考えに辿り着いた。
次へ。