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病院に運ばれた忍は、病室で静かに眠っている。
倒れるなんてことがおこったから、忍には許可を取らず、搬送された病院で検査をしてもらった。
検査上異常は見当たらなかった。
だけど、忍の症状を聞き、医者はある疑いがあると言った。それは・・・
『解離性障害かもしれません。』
テレビやなにかで聞いた事はあった病名。
だけど実際その症状になっている人を目の前にしたことがなかった。
解離性障害、それは記憶・認知・同一性、または意識の正常な統合の失敗。
つまり、記憶喪失。
『この患者の場合、解離性障害の解離性遁走(とんそう)の疑いがあります。』
新たな病名を告げた後、医者は話すのを続けた。
『解離性遁走とは、自分の過去の一部または全てを思い出せず、自分自身の同一性の喪失あるいは新しい同一性の形成が突然の予期しない、目的をもった家出を伴って起きます。原因は困惑する状況から逃れる為、耐えられないストレスから切り離れるために起こります。』
忍のストレス。俺にはそれが何か分かっていた。
きっと俺との関係・別れの所為。
忍のあのときの悲痛の叫びが今でも聞こえてくるよう。
今回忍が意識を失うほど困惑したのだって心から消したいほどの俺が目の前に現れたからだろう。
何も知らない学部長や奥さんはとても困惑している。何故忍が記憶を失うほど心を痛めているか知らないから。
その原因の俺が近くにいることも知らない。病室に戻るとまだ忍の意識は戻っていなかった。
理沙子はただ祈るように忍の手を握っていた。忍の意識が戻るまで病院にいると言ったが、今日は面会時間も過ぎてしまったため、明日また来ることにした。
翌日、病院に行くと受付で忍の目が覚めたと聞いた。急いで、病室に行くが、俺は昨日の俺を見たときの忍の顔が忘れられなくて足が進まなくなった。
理沙子には売店に行くといって、病室へ行くのを止めた。
病院の中庭にあるベンチに座り考えていた。
忍の病気の原因はきっと・・・いや絶対俺にある。怯えるほど俺に恐怖を感じている。
記憶を失っていた忍に会えばまた俺は倒れさせてしまうかもしれない。
俺は、忍のことを思い別れたのに、それが原因で忍がこんなことになるなんて。
だけど、今度は本当に俺は何も出来ない。忍に会うことすら叶わないかもしれない。
忍のことばかり頭を悩ませ遠くを見つめていたら、遠くに忍が歩いているのが見えた。
確か今、理沙子が病室に行っているはずだが。でも無表情にまたどこかへ行ってしまいそうなアイツを見たら、足が勝手に追いかけていた。
「忍!!」
駆け寄りながら声をかけると、忍はビクッと身を震わせた。
忍の正面に立ち、顔を覗き込めば、怯えた顔をして微かに震えていた。
やっぱり俺が原因なんだ。そう思い知らされた。
「忍、病室を抜け出したらダメじゃないか。ほら、戻るぞ。」
引き返すため、肩に触れようとしたが出来なかった。
今俺が触れたら、忍が壊れてしまいそうだったから。忍は無言で病室に向かっていく。
俺はその後をついていくことしかできない。病室に向かうと理沙子が心配そうに近寄ってきた。
「忍!!あんたドコに行ってたのよ!!心配したのよ!!」
理沙子が忍の肩を触ると、それを払うかのように横を通り過ぎていった。
そして、勝手に退院の準備をし始めた忍。
「忍、あんた何やってるのよ?」
「退院する。ってかあなたたち誰?」
忍は再び記憶を失っていた。
再び記憶を失った忍を実家に帰すと、こないだのように部屋に引き籠ってしまった。
以前のように食事のときに少しの会話をするだけになってしまったと学部長は嘆いていた。
俺も理沙子とともに実家へ行くが、忍は関わろうとしない。
表面上では笑顔を見せるが、絶対に自分の考えていることは話そうとしなかった。学部長は医者が言っていた
『この病気は自己終結的に治ることもあるので、今は見守ることしかないでしょう。』
という言葉を信じ、無理に忍に記憶を思い出させるような話はしていない。
それがまた親子の間の会話をなくしているのか、お互い他人のようにしか話せていない。
だが、ある日忍の方から学部長に頼みごとをしていた。
「あの、俺この家から出て行ってもいいですか?」
「忍何を言っているんだね?」
急な話に学部長の奥さんも驚いていた。その場にいた俺たちもそう。
「忍、あんたこの家を出てどこに行くっていうのよ?」
理沙子の言葉に忍はただ一言答えた。
「俺はここにいても意味がない。」
「なっ・・・」
今の言葉に何も言い返せなかった。忍が何を考えそういったのかわからなく、本当は俺が聞くべきでないことは分かっているが、いつの間にか間に入っていた。
「忍、意味がないってどういうことだ?」
俺の声に反応し、忍はまた体を微かに震わせた。俺以外はたぶん気がついていないだろう。
「ここにいても、俺の記憶は戻らない。ここにいると気持ちが苦しいだけなんだ。だから一人になりたい。」
忍は俺の目を見ることなく、淡々と喋った。
その後話し合いは続いたが、忍は頑として出ていくことをやめようとしない。
そして学部長が苦肉の策として、忍の使っていたマンション、つまり俺の隣の部屋での生活なら許可すると言い出した。
いつ忍が戻ってくるかわからなかったため解約はしていなかった。忍は最後までその案にも反対していたが折れた。
一人の時間をもてるなら我慢すると。学部長は、一人暮らしを認める代わりに、忍に約束事をさせた。
一日一回は、理沙子か俺に顔を見せること。
忍がいつまたいなくなってしまうかわからない状態でずっと一人にさせておくわけにはいかないと、そう言ったのだ。理沙子もそれならと了承していた。
そして忍がまた俺の隣に住むことになった。
次へ。