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「いらっしゃい」
「どうも・・・」
何日こんな日が続いているんだろう。忍が隣に住み始め、2週間は過ぎた。
夕飯には来ること、と理沙子は忍に約束をさせた。毎日忍は約束を破らず夕食時にはおれたちの所へやってくる。
でも2週間たっても忍は俺たちに心を開いてくれる様子がない。いつも俯いて表情も読み取るのが難しいくらいだ。
「ほら忍、席に座りなさい。」
理沙子に促され忍は席に座る。
「あんたの好きなクリームシチューよ。」
そう言って忍の前にシチューを置き、他の料理も食卓に並ばれる。
全部揃ったところで、3人で食べ始める。だけど、そこは楽しい食卓という雰囲気はなく沈黙と食器の音だけがその場を支配している。
俺と理沙子ももともと食事中に喋るほうではないが、忍がいることでどういう会話をしていいのかわからなくつい口が噤んでしまう。
食事の後は、忍が食器を片づけるのを手伝うようになってから理沙子と忍は一緒にキッチンへ立つ姿が見られるようになっていた。
さすが姉弟なのか、僅かながら会話ができ、忍も理沙子には心を開き始めている。
片付けの後、俺は3人分コーヒーを淹れたが忍は逃げるようにして帰ってしまった。
そんな日が続いたある日、夕食時に理沙子がいない日があった。
その日は、朝から出張だった理沙子は泊まりがけのため家を留守にしてしまった。
それを知らない忍は、いつもどおり俺の家に来た。
だけどそれを知ったとき、言葉よりもはやく部屋に帰ろうとしていた。
「顔見せたから、いいじゃないですか。別に俺とお義兄さんが一緒に食事をとらなくてもいいんですよね。」
相変わらず忍は俺の顔を見ようとしない。
「あぁ、だが・・・理沙子が2人分の飯を作っていったから、一緒に食べてもらえるとありがたいんだが・・・?」
様子を窺うように見れば、忍は渋々といった感じで部屋にあがってくれた。
まったくの会話もなしに食事の時間はすすんでいく。
昔なら、忍の一生懸命作ってくれたキャベツ炒めをこれでもかってくらい食べていたのに、今目の前にあるのは嫁さんが作ってくれた美味しい美味しいお料理。
だけど俺にはとても味気ないものに感じてしまう。もう半年以上も忍の作ったキャベツ炒めを食べていないなんて。
あれは一生食べさせられると思っていた。あのときは渋々口に運んでいたのに、今はどれほどあれが食べたいか。
今目の前で食事している忍は、まさか俺に手料理を作ったことがあるなど想像もできないだろう。
食事を終え俺と忍はキッチンに並ぶ、忍は一人でやると言ったが、俺は食器の片付けを手伝った。
隣に立つ距離が近い。こんなに近づいたのは久しぶりだ。身長も見た目も変わっていないのに、中身は違う。
「あっ」
ガシャンッ
忍の声とともに皿の割れる音がした。
「ご、ごめんなさい。」
「危ないから触るな、俺がやる、忍は離れてろ。」
「で、でも俺が割ったから・・・痛っ・・・」
「おい!!大丈夫か?だから触るなって言っただろ。」
皿を拾っていて忍は指を切ってしまった。細く白い指からは赤い血が滑るように流れている。
傷は深そうではではないが血はすぐには止まらなかった。
そして俺は無意識のうちに忍の指を自分の口に入れていいた。
鉄の味がして、それを全部舐めあげてから気が付く。自分のしてしまった行為に気づき、すぐさま忍から離れた。
忍も驚いたのか、切れた指をもう片方の手で握りながら胸元で押さえていた。
忍にすぐさま謝ろうとしたが。忍を見てそんな言葉は出てこなかった。
今まで俺に恐怖や嫌悪感しか見せなかった忍が顔を真っ赤にさせて、俺を見ていた。
その時心が“ドクン”と大きな音で波打つ音が聞こえた。
「え、・・ちょ・・・んん」
気がつくと俺は忍の唇を自分のそれで塞いでいた。
久しぶりの忍の唇は柔らかく温かかった。
息苦しそうに口を開く忍の中にも入り、舌を絡ませる。
苦しくなってきたのか俺を引き離そうと胸を叩かれるが俺は止められなかった。
ガリッ
「痛ッ・・・」
忍に唇の端を噛まれ、痛みで強く掴んでいた忍の肩を離してしまった。
その隙に忍は俺から離れた。
「み・・やぎ、やめろって言ってんだろ!!」
突き飛ばされた俺はその言葉に驚いた。忍が俺の名前を呼んだ。
「忍、俺のこと・・・」
「え・・・?」
確かに今俺のことを・・・
「今、俺のこと『宮城』って・・・」
忍はずっと俺のことを『義兄さん』と呼んでいた。姉の旦那だからそう呼んでいた。
だけど今確かに俺のことを、「前」のように『宮城』と呼んだ。
「え?うそ・・・なんで、・・俺ここに・・・俺なにしてた?だって宮城は・・・みや・・・ぅ・・ぅわ・・・わーーーーー!!」
忍は大声で叫び、書斎の方へ入って行ってしまった。
今忍は俺のことを思い出した。だけど俺は忍になんてことをしてしまったんだろう・・・。
記憶のない忍でさえ俺に怯えていたのに、記憶の戻った忍までが俺を拒絶していた。
書斎に籠ったまま忍が出てくる気配がない。呼びかけても返事が返ってこない。
俺に出来ることはなくてもあんな忍をほっておくことが出来なくて、書斎の部屋の扉の前で待つことしか出来なかった。
翌日、忍は部屋から出てきた。俺もいつの間にか寝ていたのか、書斎の扉が開く音で目が覚めた。
「忍・・・昨日は、すまん」
申し訳なさと、また拒絶されるのではないかという恐れで忍の顔が見られなかった。
「お義兄さん、おはようございます。すみません、なんか俺書斎で寝てしまって。」
忍の話し方、内容から違和感がし顔を見上げると、忍は苦笑の表情を浮かべ、また俺の事を『お義兄さん』と呼んでいた。それが記憶を失ったのだと教えてくれた。
第四話へ。