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俺は走り去っていく忍をただ見つめることしかできなかった。
さっきの忍の言葉で、もう忍は俺の再婚話を知っている口ぶりだったのが分かった。
大学に来ていたんだきっと学部長から聞いたに違いない。俺から伝えるはずだったのに。
まだ終業時間までは時間がある、家に帰ってから忍になんて話すか考えられる。
自宅に着くとやはり予想通りか忍は俺の部屋にはいなかった。
きっとチャイムを鳴らし尋ねたところで忍は顔を合わせてくれないだろう。
だからあらかじめ勝手に部屋に入るために合鍵を持っていく。
忍の部屋に入れば玄関に靴があり部屋の電気も付いていて中にいることがわかった。
リビングへの扉を開けばそこにはいなかった。そして次にいるであろう寝室にいけばその姿はあった。
ベットに伏せている忍は寝ているのかわからない。ただ静かにその場にいた。
「忍?」
声をかければビクッとして起き上った。
「み、宮城何でいるんだよ!?」
怒鳴る忍の顔は怯えていて目もとは赤い。泣いていたんだ。
俺が近づくと下を向いてしまった。これから俺が話すことに耳を傾けたくないかのように忍は固く目をつむっていた。
「忍、もう学部長から聞いてしまったと思うが、・・・」
次の言葉が出てこない。
この先を言わなくてはいけないのは決まっている、それは例え俺も忍も望まない言葉だとしても。
「忍、俺は・・」
「嫌だ!!」
忍が急に大声を出した。さっきまで下に向けていた顔をあげ涙をボロボロ流しながら。
「なんで宮城黙ってたんだよ!!どうして俺に一言も相談しない?!俺が餓鬼だからか?俺が頼りないからか?俺のこと・・・」
だんだん声が小さくなり呟くように言った。
「俺のこと嫌いになった、のかよ・・・?」
違う違う違う。
お前のことを嫌いになんかなれるはずがない。
今ここで『好き』と言ってキスをして抱きしめて、忍を俺の中に閉じ込めておければどれだけいいか。
だけど今の俺はもう忍になにもしてやれない。
弱い俺が悪かったんだ。社会という荒波を知ってしまった俺はなすすべがない、大人になればなるほど世間体に縛られ弱くなっていく。
大人は常識を持ち子供をしっかりとした道に導いてやらなくてはいけない。
俺にもそれをしなくてはいけない義務がある、忍を今のうちに俺との非常識な世界から抜け出させなくてはいけないんだ。
俺は忍を守ってやることができないから。
俺は弱い。
忍との関係をばらしてまで理沙子との再婚を断りきれなかった。
「忍、話を聞いてくれ。」
「嫌だ!!俺は宮城と離れない!!」
「落ち着け、忍っ!」
忍の腕を掴み暴れていたのを抑える。それでも忍は振り切ろうとする。
「な、んで?俺何かした?俺嫌われるようなことしたのかよ!?」
「わかってくれ・・・」
俺に忍の怒り困惑悲しみを取り除くことはできない。こんな弱い俺と離れて忍には強いやつになってほしい。
「俺達はこれでお終いだ。別れよう、忍。」
「宮城っ!!」
忍の叫び声に耳を傾けることなど出来なく俺は部屋から出て行った。
玄関から出るまで忍の悲痛な叫び声と泣き声が聞こえていた。
自分の部屋に帰り静かなはずなのに忍の声が耳に残っていて今でも忍の叫び声が聞こえるよう。
俺も寝室に向かい伏せた。涙が自然に流れやっと自分の悲しみに落ちていける。
泣いて泣いて涙が枯れたとしても忍への想いはずっと溢れ出て止められることはないだろう。
自分から断ち切ったのに、自分の不甲斐なさに悔しくなる。
忍と別れても忍のと縁は切れないんだ。理沙子の旦那になることは忍の義兄になること。
昔に戻るだけなのに、その昔がわからない。きっとお互いこれから一生ぎくしゃくしていくだろう。
誰にも言えることのできないあの関係を話せぬまま心に閉じ込めて生きていかなくてはいけないんだ。
あの日から、数日経ち忍とは一切会っていない。
元から生活のリズムも違う事があるがきっと忍の方が避けていたんだと思う。
でも今日は無理矢理でもお互いに合わなくてはいけない。今日で完全にお互いの関係・気持が断ち切られる日。
普通ならこんないい日は幸せに満ちているだろう、だけど俺にとって、忍にとって終わりの日だから。
そんな最後の晩餐かのようにこの日を迎えてしまった。
時間どおりに両家の家族は集まった、ただ一人の人物を除いては。
忍の姿がそこにはなかった。理沙子も学部長も忍との連絡がつかないらしい。
いつまでたっても忍は姿を現さなかった。だけど、話だけは進んでいく。
結局忍がいないまま、顔合わせは終わり解散することになった。
その帰りに理沙子と忍の部屋を訪れたが、部屋にはいなかった。
携帯に連絡を入れるも、部屋に置きっぱなしで忍の所在を教えてくれることはない。
数日・数週間・数か月たっても忍は姿を現さなかった。
次へ。