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「は?あの今なんと仰いましたか?」
突然学部長に呼び出され、学部長の部屋に訪れた。
呼び出され、話があると言われればいつも何かしら頼まれごとをされる。
理沙子を紹介された時も、忍を預かってほしいと言われた時も。
今回も何事かと思い行ってみれば、耳を疑うことを言われた。
「宮城くん、再婚する気はないかね?」
「え、あの、私はまだそういった相手が見つかっていないので、考えていなく・・・」
「いや、そうではなく・・・実に言いにくいんだが、その・・・理沙子と再婚する気はないかね?」
突然の話、再婚に、その相手として元嫁の理沙子をすすめられた。
一度離婚していて、別れた後も理沙子になんの未練もないと気がついた自分がいた。
そんな気持ちでよく結婚生活が続いたと思う。
だけど理沙子と次はないと思っていた。
俺もよりを戻す気もなかった、アイツはアイツで他に彼氏様を作っていたし、もう俺は結婚などしないと思っていた。
「あの、考えさせてください。」
俺はそう答えていた。
すぐに断ればよかったのに、言葉は出なかった。
きっと相手がいると答えればそこでその話は終わっていただろう。
だけど俺は言えなかった。
どうして言えなかったのか、自分でもわからない。その後、仕事は全然捗らなかった。
先ほど言われた言葉が頭をグルグルとしていたから。
今日は帰ろう、きっとここにいるから学部長の言葉が頭から離れないんだ。
今日の講義はもうないことから、仕事は家に持ち帰ることに。
きっと忍に会えば余計な事は考えなくてすむはず。早く帰ろう、早く忍の顔が見たい。
大学から車を走らせ自宅へと急ぐ。車を止め、急いで部屋へと掛けて行く。
部屋のドアを回せば鍵が開いていなかった。いつも来ているのに今日に限って忍が部屋にはいなかった。
焦っていた心が急に崖に突き落とされるような感覚。
ただ忍が部屋にいないだけなのに。
部屋の前で立ち尽くしていると、後ろから声がかけられた。
「今日、早いじゃん。」
「忍?」
そこにはスーパーの袋を両手に持ち、今帰ってきたばかりの忍がいた。
「早く、部屋に入れてよ。」
当たり前のようにそう催促する忍が愛しくて、気づいたら抱きしめていた。
ここがマンションの廊下だってことはわかっている。
もしかしたら人に見られてしまうことも。
だけど、今は抱きしめたくてしょうがなかった。
「わっ!!み、宮城、ここ?!」
焦る忍は俺を引き離そうとする。
それがまた煩わしくてたまらない。
片手で鍵を開けドアを開け中に入ると、忍の唇を塞いでいた。
「ふぁ・・・ん・・・みや・・・・ぁ」
クチュクチュと舌が絡まる水音が響く。
忍はその音に羞恥し顔が赤くなる。それがまたさらに俺を煽ることになるなんて忍は気がついていないだろう。
どれくらい続けていたかわからないが、その行為は忍が腰を抜かしたことによって中断された。
「忍っ!!大丈夫か??!!」
「はぁはぁ、だ、大丈夫だけど・・・。宮城どうしたの?なんか変だけど。」
「いや、別に・・・」
俺でもなんで急にこんなことをしてしまったのかわからない。
忍を支えながらリビングへと行く。忍をソファへ座らせ、忍がスーパーで買ってきたものを冷蔵庫へ入れる。
いつもながら青々と水みずしいキャベツが冷蔵庫を占拠する。
まるで俺の心の中に居座る忍のように、なくそうとしてもそれは消えることのない存在。
「忍はそこに座ってろ。」
「なんで?」
「動けないだろ?今日は俺が作ってやるから。」
「な!?動けなくしたのは宮城だろ!!」
顔を真っ赤にし、叫ぶ忍を見て笑ってしまう。
俺の反応に怒り立ち上がろうとするが上手く足に力が入らなくよろけてしまった。
急いで忍に近寄り起こせば、抱きついてきた。
顔を俺の胸に埋め、耳が真赤になってることが今は顔中が赤いであろうことを教えてくれる。
「宮城、夕飯なんていいから・・・」
「忍?」
「宮城がほしい・・・」
「また立てなくなるぞ。」
「いい・・・だから、宮城・・・しよ」
真赤の顔で見られ触れるだけのキスなんかされればすぐに俺の理性は切れてしまう。
それを合図に、今度は俺から深い口付けをしてやる。
忍もそれに応えるように一生懸命舌を絡ませてくれる。
そんな一生懸命の忍に応えようと俺も可愛がるように忍を抱く。
行為の後は、いつも寝ている忍を眺めタバコを吸う。
頭を撫で、忍の柔らかい頬を触る。
気持ちよさそうに寝ている忍を起こさないように。
今どんな夢を見ているんだろう?幸せそうな寝顔をして。その中に俺はいるのだろうか?
「ん・・・みや、ぎぃ・・」
一瞬起きたかと思ったが寝言のようだった。
俺は忍の夢の中でもいるようだ。笑った忍を見てふと理沙子と重なって見えた。
何故急に理沙子を思い出したのかわからないが、アイツも普段笑顔を見せるような奴ではなかった。
それにさすが姉弟と言うべきか、似ている。
でも違うところと言えば、俺には男の忍が笑うほうが可愛く見えてしまう。
それはそこに感情があるかないか。
まったく俺も重症だと思える。今日学部長から聞いた話は明日しっかり断ろうと決めた。
俺には忍がいる悩む必要なんてないんだ。
気持ちが軽くなり、眠気がさしてきた。寝ている忍の額にキスをし忍の横に体を滑り込ませる。
寝息が聞こえるくらいまで引き寄せ包み込みながら眠る。
次へ。
次の日、学部長の部屋を訪れた。
再婚の話を断る為に。だが、部屋に入り驚く、そこには理沙子がいた。
「・・・庸。」
「宮城くん昨日の話なんだが、・・」
入ったとたんに核心をつく話をされる。
戸惑っている場合ではないんだ、早くこちらから話をしなければ勝手に話は進んでいってしまう。
「そのお話ですが、やはりお断りさせていただきます。」
「やはり無理かね?宮城君に無理を言っているのは承知なんだが、親の私は娘がこの年で独り身なのも心苦しくてな。」
結婚はそんなに簡単な話ではない、それが再婚であれば尚更。
学部長はそれをわかった上で話している。だけど俺にはそんな気も起きない。
「庸、誰か他に好きな人でもいるの?」
早々にお断りして部屋を出て行きたかった俺の考えも虚しく、理沙子が言い出した。
「いや・・・」
俺は答えられなかった。
「だったらいいじゃない。」
理沙子の言う言葉の意味が分からなくて、そこに沈黙が広がる。
今日の夕飯を決めるかのように簡単に言ってのけた。だけど結婚は違う。
犬や猫を飼うのとはわけが違う、お互い人間で感情を言葉に出来る。
すれ違いからケンカになって一緒にいるのだって嫌になる時がくる。
一度俺たちはそれを感じたはずだ。だから何故、理沙子がそう言い出すのか分からなかった。
「理沙子、再婚は簡単なことじゃないんだ。」
「そんなの私だってわかってるわよ。」
少しの沈黙の後、理沙子は続けた。
「私は今だからわかるの、あなたの存在は私にとって大きかったわ。今更って思うかもしれないけど、あなたといた時は嬉しかった。また叶うのならあなたと一緒にいたい、そう思っているの。」
学部長もダメ押しかというように、言う。
「宮城くんもう一度考えてくれないか?まだ理沙子を嫌いなわけではないだろう?」
嫌いではない、だけどそこには愛情というものがないんだ。
こんな気持ちで相手に応えるのは失礼すぎる。
その前に俺には忍を選ぶ以外に答えはもっていない。
だけど虚しくも、再婚の話はどんどん進んでいく俺の両親まで出てきて乗り気な話をされてしまっては、俺の意見など聞いてもらえない。
おふくろは理沙子を気に入っていたし、結婚のときにもすごく喜んでいた。
親孝行らしいことをしたことがなかった俺は結婚した時、これで出来たのかなと安心した。
だけど離婚した時にはおふくろを悲しませてしまった。
忍に話せないまま、再婚の話は進んでいく。なんどか話そうとはした、だけど忍の存在が大きすぎて心の中から消せなくて、消したくなくて話せなかった。
第二部へ。
コンコン
ある一室でノックの音が響く。
「どうぞ。」
部屋の主がそれに答えると、ノックした人物は部屋に入ってきた。
「父さん、大事な話って何?」
父である大学学部長の部屋を訪れたのは忍だった。
「おお、来たか。ま、座れ。」
席に座るよう促された忍は何も気にすることなく席に座った。
父親はなにか真剣な表情をしていて忍もそれに気がついたのか、少し背筋を伸ばして父親の“大事な話”というのを待った。
少し、静かな時間が流れ静かに父親は口を開いた。
「忍、宮城君がな、・・」
『宮城』という名前に忍はピクッと反応する。
いったい宮城について何を話されるのか、忍はドキドキしながら次の言葉を待っていた。
しかし次の父親の言葉を聞いた忍は、言葉を失いそうになった。
「宮城君は、理沙子と再婚することになった。だからまたお前の義兄さんになる。」
「・・・え?」
思考が止まりそうになった。何にも考えたくないというかのように頭は真っ白になっていた。
心だけが驚きで鼓動が早くなって体のなかでフル稼動している。
鼓動の音が耳にも強く響き、嫌でも思考は再開される。
父親は今なんと言ったのだろう。言い間違いではないのか、自分の聞き間違いではないのか。
父親の言葉の理解よりも自分の勘違いであって欲しいという思考の方が働いている。
「忍、次の日曜日にまた向こうの親御さんとの顔合わせがあるから、お前も来るようにな。」
父親が話していても、忍の耳には届いていない。
いや、届いていたがそれは嘘でなく、言い間違いでもなく、真実なんだと言っているからこそ、それを受け付けたくなかった。
話が終わると忍は部屋から出て行き構内を歩いていた。
父親の話が頭を巡っていて、嫌でも考えるのはそのことばかり。
宮城は一度もそんな話を自分にしてくれなかったのに。
いつから?
なんで教えてくれなかったんだ?
宮城は俺と別れるつもりなのか?
今はその事ばかりが忍の心を支配する。
「忍?」
後ろから声をかけられ、振り向くと宮城がいた。
講義終わりなのか、本や資料を沢山抱えていた。
いつも通りに声をかけてくる宮城に先ほど聞いた話が重なり心はパンクしそうだった。
なんでそんなに普通にしていられるのか。
もう俺と別れる決意をしているのか。
最初から付き合っていたと思っていたのは自分だけだったのかと、怒りが湧き上がってくる。気づいたら忍は怒鳴っていた。
「宮城!!何で黙ってたんだよ!!」
「忍、どうかしたのか?」
訳が分からないという風に宮城は首をかしげる。それが更に忍を苛つかせた。
「どうかしたじゃねぇ!!姉貴とのことっ!!・・・・」
忍が宮城に掴みかかると持っていた物はバラバラと落ちた。
その音と忍の叫び声で周りにいた学生達は何事かと奇々な目で見ていた。
それに気がついた忍はいったん宮城から離れた。
宮城も忍の言おうとしていることが分かったのか、少し焦った表情を見せた。
それに気がついた忍は逃げた。後ろで宮城が叫んでいたかもしれないが、忍はそれに答えることなく走っていってしまった。
次へ。
俺は走り去っていく忍をただ見つめることしかできなかった。
さっきの忍の言葉で、もう忍は俺の再婚話を知っている口ぶりだったのが分かった。
大学に来ていたんだきっと学部長から聞いたに違いない。俺から伝えるはずだったのに。
まだ終業時間までは時間がある、家に帰ってから忍になんて話すか考えられる。
自宅に着くとやはり予想通りか忍は俺の部屋にはいなかった。
きっとチャイムを鳴らし尋ねたところで忍は顔を合わせてくれないだろう。
だからあらかじめ勝手に部屋に入るために合鍵を持っていく。
忍の部屋に入れば玄関に靴があり部屋の電気も付いていて中にいることがわかった。
リビングへの扉を開けばそこにはいなかった。そして次にいるであろう寝室にいけばその姿はあった。
ベットに伏せている忍は寝ているのかわからない。ただ静かにその場にいた。
「忍?」
声をかければビクッとして起き上った。
「み、宮城何でいるんだよ!?」
怒鳴る忍の顔は怯えていて目もとは赤い。泣いていたんだ。
俺が近づくと下を向いてしまった。これから俺が話すことに耳を傾けたくないかのように忍は固く目をつむっていた。
「忍、もう学部長から聞いてしまったと思うが、・・・」
次の言葉が出てこない。
この先を言わなくてはいけないのは決まっている、それは例え俺も忍も望まない言葉だとしても。
「忍、俺は・・」
「嫌だ!!」
忍が急に大声を出した。さっきまで下に向けていた顔をあげ涙をボロボロ流しながら。
「なんで宮城黙ってたんだよ!!どうして俺に一言も相談しない?!俺が餓鬼だからか?俺が頼りないからか?俺のこと・・・」
だんだん声が小さくなり呟くように言った。
「俺のこと嫌いになった、のかよ・・・?」
違う違う違う。
お前のことを嫌いになんかなれるはずがない。
今ここで『好き』と言ってキスをして抱きしめて、忍を俺の中に閉じ込めておければどれだけいいか。
だけど今の俺はもう忍になにもしてやれない。
弱い俺が悪かったんだ。社会という荒波を知ってしまった俺はなすすべがない、大人になればなるほど世間体に縛られ弱くなっていく。
大人は常識を持ち子供をしっかりとした道に導いてやらなくてはいけない。
俺にもそれをしなくてはいけない義務がある、忍を今のうちに俺との非常識な世界から抜け出させなくてはいけないんだ。
俺は忍を守ってやることができないから。
俺は弱い。
忍との関係をばらしてまで理沙子との再婚を断りきれなかった。
「忍、話を聞いてくれ。」
「嫌だ!!俺は宮城と離れない!!」
「落ち着け、忍っ!」
忍の腕を掴み暴れていたのを抑える。それでも忍は振り切ろうとする。
「な、んで?俺何かした?俺嫌われるようなことしたのかよ!?」
「わかってくれ・・・」
俺に忍の怒り困惑悲しみを取り除くことはできない。こんな弱い俺と離れて忍には強いやつになってほしい。
「俺達はこれでお終いだ。別れよう、忍。」
「宮城っ!!」
忍の叫び声に耳を傾けることなど出来なく俺は部屋から出て行った。
玄関から出るまで忍の悲痛な叫び声と泣き声が聞こえていた。
自分の部屋に帰り静かなはずなのに忍の声が耳に残っていて今でも忍の叫び声が聞こえるよう。
俺も寝室に向かい伏せた。涙が自然に流れやっと自分の悲しみに落ちていける。
泣いて泣いて涙が枯れたとしても忍への想いはずっと溢れ出て止められることはないだろう。
自分から断ち切ったのに、自分の不甲斐なさに悔しくなる。
忍と別れても忍のと縁は切れないんだ。理沙子の旦那になることは忍の義兄になること。
昔に戻るだけなのに、その昔がわからない。きっとお互いこれから一生ぎくしゃくしていくだろう。
誰にも言えることのできないあの関係を話せぬまま心に閉じ込めて生きていかなくてはいけないんだ。
あの日から、数日経ち忍とは一切会っていない。
元から生活のリズムも違う事があるがきっと忍の方が避けていたんだと思う。
でも今日は無理矢理でもお互いに合わなくてはいけない。今日で完全にお互いの関係・気持が断ち切られる日。
普通ならこんないい日は幸せに満ちているだろう、だけど俺にとって、忍にとって終わりの日だから。
そんな最後の晩餐かのようにこの日を迎えてしまった。
時間どおりに両家の家族は集まった、ただ一人の人物を除いては。
忍の姿がそこにはなかった。理沙子も学部長も忍との連絡がつかないらしい。
いつまでたっても忍は姿を現さなかった。だけど、話だけは進んでいく。
結局忍がいないまま、顔合わせは終わり解散することになった。
その帰りに理沙子と忍の部屋を訪れたが、部屋にはいなかった。
携帯に連絡を入れるも、部屋に置きっぱなしで忍の所在を教えてくれることはない。
数日・数週間・数か月たっても忍は姿を現さなかった。
次へ。
再婚し、理沙子と再び暮すようになって半年が過ぎていた。
前の結婚生活の時より会話もあり、俺は仕事ばかりに集中している生活がなかった。
前より理沙子と生活がうまくいっているように見えるのは忍のおかげだろう。
俺に忍をもうどうこうする権利などないけど、忍がいなくなった日からずっと忍を探している。
定時に仕事が終わるよう仕事をしっかり大学で片付け、家には持ち帰らないようにしている。
大学の帰りは少しの時間でも忍を探す。
もうこの街にはいないかもしれないが、今俺を保っているのが忍を探さなくてはいけないという使命感だから。
理沙子にはバレないよう毎日帰宅までの僅かな時間を使っている。
理沙子とうまくいってる理由が忍を探しているからなんて、なんて皮肉なことだろうと思う。
理沙子と生活を始めても、やはり理沙子に恋愛感情など芽生えることはなかった。
そんな気持ちでは夜の生活などもできるはずなどなく、俺はそれを避けている。
こんな生活いつまで続くのかと思うが、いつも後から気が付く。
これは一生続くのだと。俺にとっては忍がいなければ、どんな人生を送ったって一緒に変わりはない。
久々に理沙子の実家へと顔を出していた。
実家には理沙子の父親であり俺の職場の上司の学部長と奥さんがいる。
仕事場以外で上司に会うのは不思議な感じだが、学部長とは親子と変わりない関係。
きっと未だに抵抗を持っているのは俺だけだろう。
「義父さん」などと呼べるはずもなく「学部長」と呼んでしまう。
でも学部長もいい人でなにより文学愛好者で、話が合う。恙無い姑関係。
なんの問題もない素晴らしい家族関係だろう、ただ一つ俺の感情の欠落を除いては。
理沙子は今、街に買い物に出ていて、自宅にはいなかった。
それを待ちながら、学部長と会話を楽しんでいたら。
急に玄関が大きな音をたて開いたかと思えば、今度は廊下を走ってくる音。
そして、大きな音共に居間の扉が開けられた。
「理沙子、静かに入ってきなさい。」
扉を開け、息を切らしているのは理沙子だった。学部長の言った言葉にも耳を貸さずに大声を出した。
「お父さん!!」
急な叫び声で学部長も驚いたのか言葉を発せずにいた。
「お、お父さん、・・・見つけたわよ!!」
「な、なんだね、急に・・・」
理沙子の焦りように、学部長と同じく俺も驚いてしまって理沙子の次の言葉を待つしかなかった。
だけど次に発した言葉と共にそこに現れた人物をみて息を呑んだ。
「忍を見つけたわ!!」
「本当かね、理沙子?!」
「ほら、忍入りなさい。」
理沙子に引っ張られ、忍が入ってきた。
「忍っ」
「!!」
確かにそこにいるのは忍だった。
半年振りに忍は姿を表した。困惑し挙動不審に周りを見渡している。
いったい理沙子はどこで忍を見つけてきたのだろう。
俺がずっと探していても見つからなかったのに。ずっと忍はどこにいたんだろう。
俺に会いたくなくて逃げていたんだろうか。今もここにいたくないのかのように、俺と視線を合わせようとしない。
俺はここにいないほうがいいだろう、だけど足が動かない。
俺の目は忍に釘つけになっているから。
「忍、今までどこにいた。」
「・・・・」
学部長も、忍に近寄り話しかけるが返事が返ってこない。
それよりか俺以外の人物とも忍は目を合せようとしない。
「あの・・・」
「なんだ、忍?!」
「あなたたち・・・誰ですか?」
俺も学部長も、そこにいる者全員が声を失ったのかのように黙ってしまった。
誰もが忍が発した言葉を理解するのに時間がかかった。
忍は自分が言った言葉が何かまずいものだったかのように感じたのか、少し戸惑ったようにしていた。
そんな忍を見て先に言葉をかけたのは理沙子だった。
「忍・・・あんた、何言っているの?」
理沙子は忍の肩を掴み、問いただすように叫んだ。
「わ、ちょっと・・あんた誰なんですか?」
その言葉にみんなは絶望した。
忍はふざけてなどいない。
真面目に真剣に言う忍の言葉に嘘はない。
半年振りに戻ってきた忍は俺たちの事を忘れていた。
忍は帰ってきた。幸か不幸か、全ての記憶を失って。
あの後、家から出て行こうとした忍は家族によって引き止められた。
病院に連れて行かれそうになって忍は抵抗した。
忍の感情が振り切れてしまいそうで、それ以上の無理強いは出来なかった。
そして家に残るというのを約束に忍は病院へ行くのを拒否した。
何故そんなに病院へ行くのを怯えるのか分からないが、必死な忍を俺は止められることが出来なかった。
しばらく忍は実家で生活をしていた。
家族の誰とも深くは接しないように一日の大半は部屋にこもっていた。
しかし忍はある日、感情が振り切れ意識を失ってしまった。俺の存在により。
第三話へ。